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【連載第58回】小島剛夕長篇大ロマン46 弁天小僧 

46 弁天小僧

(解題)
つばめ出版発行。 本編130ページ。 昭和41(1966)年4月頃に出版された。 『書籍雑誌卸月報』には同年の2月号に「目下鋭意執筆中です。 三月初め出版」との予告が、また3月号にも出版広告が載っているのを確認した。 前後編二巻の大作で、後編は次巻の『菊之助格子』。 この「弁天小僧」二部作は、「小島剛夕長篇大ロマン」シリーズの中で私(=成瀬正祐氏)が最も好きな作品である。 文久2(1862)年3月に江戸・市村座にて初演された歌舞伎「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」が元ネタ。 この歌舞伎の作者は、二代目河竹新七(後の河竹黙阿弥)。 いわゆる「白波五人男」が登場するとても有名な芝居である。 この著名な原作を小島剛夕はものの見事に換骨奪胎、設定・ストーリーのほぼ全てを大胆に改変して、シリーズ屈指の傑作に仕立て上げた。 とりわけ、作者の河竹黙阿弥を重要な登場人物の一人としてストーリーの中核に据えているところは、「素晴らしい」の一言に尽きる。 

義賊達の粋と気風の良さ、悪党どもの憎たらしさ、美女の可憐さと艶やかさ、どれを取っても一級品の味わいがある。 あとがきに拠ると、非常に構成が難しく小島は執筆に手間取ったようであるが、そんな苦心の跡を微塵も感じさせない軽妙な語り口が魅力的だ。 この前編では、江ノ島弁財天岩本院の寺小姓・菊之助が、将軍家連枝のバカ殿に盾突いたために岩本院を追われ、江戸で女に化けて詐欺を働くうちに、日本左衛門(=日本駄衛門)こと浜島庄兵衛の一味に加わって、「白波五人男」の一人となるまでを、緩急自在に描く。 なお、巻末に、アシスタント・西村つや子の紹介文が掲載されている。 この作品以降、西村は長く小島のアシスタントを務めることになる。

(あらすじ)
ある日、江ノ島弁財天岩本院の寺小姓・菊之助は、将軍の甥・松平長四郎から嫌がらせを受けている田川家の姫君を救った。 これが縁となり、二人は胸の奥で相手の面影を想うようになる。 だが、菊之助は、松平長四郎の報復により、岩本院を追い出されてしまう。 長四郎と岩本院の坊主らの横暴に腹を立てた菊之助は、世の裏街道を歩く決心をして、江戸へ旅立つ。 菊之助に懐いていた乞食娘のおあきも、彼の後を追った。 大坂興行の帰り道、一座と共に江ノ島に立ち寄った歌舞伎狂言作者の河竹黙阿弥は、事の一部始終を見ていた。 黙阿弥には十数年前貧乏のため女の赤子を藤沢宿に捨てた過去があり、彼は娘の行方を尋ねていた。 また、黙阿弥には、歌舞伎狂言作者とは別に、「白波」と呼ばれる盗賊達と繋がる裏の顔もあり、義賊・日本左衛門こと浜島庄兵衛とその一味とは親しい間柄だった。 黙阿弥は、江ノ島での一連の出来事から、おあきが自分の娘ではないかと考えるようになる。

さて、時と場所は移り、江戸でのこと。 岩本院から奉公構えの回状が回って就職できない菊之助は、無宿人の南郷力助(力丸)と組んで、「弁天小僧」と名乗り、女装してゆすり・たかりを行っていた。 一方、おあきは八丁堀同心・むっくり大八の家の居候となっていた。 むっくり大八は、奉行直々の命令で日本左衛門とその一味の動向を密かに探っていた。 ある日、菊之助と力助は、武家娘とその家来に変装し、いつものようにゆすり・たかりを行なおうとした。 ところが、通り掛かりの日本左衛門と黙阿弥にその正体を見破られてしまう。

(補足/by風かをる)
最後の画像は巻末に掲載された西村つや子さんの紹介文とつや子さんが描かれたイラストです。 このページをコピーしてつや子さんに差し上げたところ、大変喜んでいただきました。 ご本人はこのようなページがあったことを失念されていたようです。

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風かをる

Author:風かをる
その旅は昔々店じまいをした貸本屋さんから譲っていただいた数冊の「長篇大ロマン」から始まりました。
小島剛夕作品に魅せられてン十年。果てしない探求の旅が続いています。

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